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名古屋高等裁判所 昭和37年(う)72号 判決 1963年4月22日

控訴人 原審検察官

被告人 岡野信雄

弁護人 大塚育子

検察官 福田巻雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁は、伊勢区検察庁検察官小島与三郎作成名義の控訴趣意書及び弁護人大塚育子作成名義の答弁書にそれぞれ記載するとおりであるから、ここに、いずれもこれを引用するが、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

原判決が、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和三七年一月二五日午後八時四五分頃大型貨物自動車(三重一あ〇〇九二号)を運転して愛知県海部郡弥富町大字小島新田七一一の一番地先国道一号線路上において、道路の右側部分を通行したものである。」との公訴事実に対し、右公訴事実のとおり、被告人が本件道路の右側部分を通行したことを認めながら、(一)被告人が右側部分を通行したのは、その先行バスが道路左側端に設置されている尾張大橋バス停留所に停車するため、その進行直前において、同停留所に向つて速度を緩めつつ、漸次左側に斜行しつつあつたので、右バスの右側を通行してこれを追い越そうとしたためであること、(二)被告人が先行バスに並行してその右側を交通の安全を確保し、追越し通行するには、本件道路の左側部分の幅員が五・五〇米であり、先行バスの長さ九・二〇米、幅員二・四五米、被告人自車の長さ七・六〇米、幅員二・四〇米、両車両の幅員を合算すると、これだけで四・八五米となり、バス乗降のためには、道路左端部分に少なくとも幅員一・三〇米の余地を残さなければならない関係にあつたので、当然中心線より右側にはみ出さざるを得ない状況におかれていたものであること、(三)そこで、被告人は、右道路の中心線を自車の車体の全部を越えて、右バスの右側部分を約八〇米程進行して左側車道の正位置に復し進行したものであることをそれぞれ証拠により確定したうえ、右のような追越しの方法は、道路交通法一七条四項三号において容認されているのであるから、他に特段の事由のない限り、これを決定の除外事由がなかつたと解することはできない旨判示し、被告人の本件所為は罪とならないとして、無罪の言渡しをしたことは、検察官所論のとおりである。

ところで、道路交通法一七条三項に定める左側通行の原則に対する、同条四項三号の除外規定は、「当該車両が道路の損壊、道路工事その他の障害のため当該道路の左側部分を通行することができないとき。」というのであつて、原判決は、本件が右三号掲記のいずれの事由に該当するものであるかを明示していないが、前段摘記の原判決の無罪理由に徴すれば原判決は、被告人が追い越そうとした前記先行バスを目して、同号にいわゆる「その他の障害」に当るものと解しているものと認められる。

しかしながら、道路交通法一七条四項三号にいう「その他の障害」とは、例えば、路上に累積された岩石、土砂の類いのように、それが存在するために車両が道路の左側部分を通行することができなくなるおそれのあるものを指称するのであつて、駐停車中の車両は、これに含まれるが、進行中の先行車両のごときは、同号にいう「その他の障害」に当らないものと解するのが相当である。けだし、先行車両が進行を継続している限り、後続車両がこれに追従して道路の左側部分を通行することができなくなるということは、考えられないからである。

高速の後続車両が低速の先行車両に追いついた場合において、前者は後者を「その他の障害」と見ることは許されないのである。かかる場合は、追越しの問題であつて、道路交通法一七条四項四号は、まさに、かような追越しについて、左側通行の原則に対する除外事由を規定しているのである。

本件において、被告人が道路の右側部分を通行した理由は、先行バスを追い越すためであつたのであり、もよりの停留所に停車するため、同停留所に向つて速度を緩めつつ漸次左側に斜行しつつあつたとはいえ、まさしく進行を継続していたのであるから、これを「その他の障害」と見ることができないこと、前説示により明らかである、といわなければならない。従つて、被告人が右先行バスを追い越すためには、本件道路及び両車の幅員その他の関係上、道路の右側部分を通行する外ない状況であつたこと原判示のとおりであるにしても、それは、追越しについての除外規定である前記法一七条四項四号の適用の有無に関する問題であつて本件に同項三号を適用する余地はないものというべきである。

そこで、進んで本件に右法一七条四項四号に定める除外事由があるかどうかについて考えてみると、同号は、「当該道路の左側部分の幅員が三メートルに満たない道路において、他の車両を追い越そうとするとき(当該道路の右側部分を見とおすことができ、かつ、反対の方向からの交通を妨げるおそれがない場合に限る。)」というのであるから、本件道路のように、左側部分の幅員が五・五米もある道路における追越しについて、その適用がないことは明らかである。(法が追越しのための右側通行を許容する道路の幅員を片側三米未満と規定している結果、片側の幅員三米以上、四・五米位の道路においては、車幅の大きな車両を絶対に追い越すことができない、ということになつて、一見不合理な感がないでもないが、片側三米未満の道路であつても、無制限に追越しのための右側通行が許容されているのではなく、当該道路の右側部分を見とおすことができ、かつ、反対の方向からの交通を妨げるおそれがない場合に限り許容されているのであり、片側三米以上も幅員のある道路は、それ以下のものに比し、交通量も多いのが通常であり、追越しのための右側通行により、通行の安全と円滑を阻害するおそれも、より大であることは、これを否定し得ないところであるから、右規定は、必ずしも不合理なものということはできないと考えられる。)

なお、本件記録を精査しても、本件被告人の右側通行の所為が道路交通法一七条四項三号及び四号以外の各号に定める除外事由に該当するものとも認められない。

以上の次第であるから、原判決には、道路交通法一七条四項三号の解釈を誤まつた結果これを不当に適用した違法があるものというべく、この誤まりは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(ちなみに、左側部分の幅員が三米以上ある道路において、車幅の大きな車両が追越しのために右側部分を通行する行為は、道路交通法一七条四項違反であり、四項違反については罰則規定がないから、罪とならないとする説があるが、右行為が同条三項違反に該当するものであつて、単に四項違反に止まるものでないことは、法文上極めて明白であるから、右の説は採るを得ないものであることをここに附記する。)

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

前記公訴事実のとおりであるから、ここに、これを引用する。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通法一七条三項、一二〇条一項二号に該当するから、その所定罰金額の範囲内で、被告人を罰金二、〇〇〇円に処し、その不完納のときは、刑法一八条により金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟買用は、刑事訴訟法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 吉田彰 裁判官 村上悦雄)

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